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CHIBART -+ チバート +-
〜千葉絵画教室の舞台裏〜
「私の宝物」
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 先日、5年生男子が照れ臭そうに小さなプラスチックボトルを、私に手渡しました。
「これはね〜、お弁当のソースが入った入れ物。綺麗にゆすいで、軽井沢の綺麗な水道水を入れた」移動教室のお土産でした。
 ここ最近「移動教室のお土産!」と言って教室の子供が、お土産と言ってお菓子のおすそ分けを、一つ二つ講師陣に持ち寄ってくれていました。
 彼らは制限あるお小遣いで、決まった土産店で買うのです。当然数に限りがあります。その中で週に一度しか合わな私たちのために、わざわざ持って来るなんて申し訳ないと思っていました。
「先生たちの分、お土産買えなくてさ、水にした」彼は私の目を見ることなく言いました。
「おぅ、ありがとう!軽井沢の綺麗な水だ」いつものテイストで私はアンサー。
 本音は「なんて可愛い奴なんだ!最高に楽しいビックイベント!移動教室の軽井沢で、俺のこと思い出し、ソースをゆすいで水を詰めて持って帰って来たのか!うぐぐ!」です。
 彼のそんな姿を想像してしまうと、ギュッ!っとハグしたい気持ちでしたが、グッと抑えて平静を装いました。ミニボトルをポケットに突っ込んで、そのまま指導を続けました。このミニボトルは私の宝箱行き決定です。
 お弁当に添えられたソースの入れ物なんて、大抵分別もされずゴミ箱に放り込まれます。そんなミニボトルを、宝物にしてしまう力が子供にはあるのだ。なんてしみじみ思ってしまう今日この頃です。

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「私の宝物」
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 現在さかえ幼稚園で先生をしてくれている大学四年生の友里愛(ユリア)先生は、名作「北斗の拳」の美しい登場人物、ユリアからの由来で命名されたそうです。
 私が「北斗の拳」を初めて読んだのは中学の頃でした。父が漫画原作者をしていたので、出版社から送られて来る漫画雑誌を浴びるように読んでいました。その中で抜きに出た「北斗の拳」の世界観は、私たちの子供心を鷲掴みにしました。「アタタタタ!」「ヒデブ!」ってね。
「この前始まった北斗の拳、すげー面白いよ!マッドマックス感も最高」私と弟は原作者の武論尊(本名・岡村さん)に言いました。
「ほんとに?ありがとう。単行本出たらあげるよ」屈託のない笑顔でアンサーした岡村さんは、父と同世代で同業&ご近所さんでもありました。
 「北斗の拳」の一巻が出版されると、私宛てのサイン入りが届きました。それからアニメ化され、「北斗の拳」全27巻で完結する頃には泣く子も黙るミリオンヒットとなりました。
 ここでビックリな事実ですが、原作者の岡村さん新刊が出るたびに私と弟宛てにサインを入れてくれたのです。5年で計27冊全巻ね。
 近所の吹けば飛ぶようなガキであった私と弟に。どんなに売れっ子になろうが「単行本出たらあげるよ」の約束は最後まで守ってくれたのです。感動です。
 もちろん私の宝物の一つはこのサイン入り「北斗の拳」全巻です。そして売れっ子になって忙しくなろうと、相手が誰であろうと損得なしに最後まで筋を通す姿勢には、一流の男のあり方を見せて頂いた想いがしました。そんな想いこそ私の宝だと思える今日この頃です。

「祖父の話」
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 昔から私は、年寄りとの会話を楽しんでいました。全く違う時代の空気を浴びて成長し、さらに古い人間に教育されているのだから、耳を疑う体験が聞けます。教訓めいた事はもちろん、本音で話せば、現在では放送禁になるほどエッジの効いた言葉が聞けます。話の視点が全く違ったり、笑えたり。
 学生の頃、祖父に「なんで婆ちゃんと結婚したの?」訊きました。それがつまらない理由でもドラマチックな話でも、私のオリジンに違いないのだ。聞く価値が大アリです。
「俺が死んでも婆ちゃんなら子供を育てられるなって思ったんだよ」何くわぬ顔で即答。その答えは私の中にストンと入りました。
 そんな祖父は学校の先生をしていたので徴兵をまぬがれました。しかし仲間たちはバタバタと戦場へ消えて行った中での結婚でした。最悪、自分も戦場へ引っ張られるかもしれないという思いもあったのかもしれません。好きとか嫌いだとか以前に、結婚は命を繋げる選択。というワケです。
 ある意味、究極の選択とも言えます。祖父の言葉は私の子供達にも伝えようと思っています。
 そんなこんなで、私の両親が爺ちゃん婆ちゃんになりました。
 息子たちが暴力の話をすると、爺ちゃんになった父は「俺なんか小学校の頃、先生にぶん殴られて失神した事あるぜ」ぶっ飛んだアンサーに平成っ子は言葉を失います。息子たちは、自分たちが見聞きした事がどうって事ないと気づいたようでした。
 なんて私事でしたが、私もうそろそろ爺さんに足を突っ込んできたので、教室の子供達の問いに、スパイシーで徳のある素敵なアンサーができる年寄りになりたい!なんて思っている今日この頃です。
「京先生ありがとうございました!」
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 6年ほど教室で先生をしてくれていた京(みやこ)先生が。5月をもって教室を辞めることになりました。理由はデザイン系の仕事をするべく、勉強をさらにする事になったからです。
 教室でも人気者の京先生の手は、小さな子たちが競うように引っ張っていました。ささやくように指導し、絶やさぬ笑顔に皆癒されていました。
 自転車で富士見台教室に通ってくれていた京先生は、そんなに遠くに住んでいるわけではありません。寂しいようですが、街ですれ違うこともあるかもしれません。
 教室には何人ものお姉さん先生が指導してくれていましたが、6年は歴代二位の長期記録です。多くの子供たちと素敵な時間を共有してくれました。私たちは心から感謝しています。そしてさらなる勉強とデザインの仕事を応援しております。京先生ありがとうございました!

「なかなか帰れなっかた日、前編」
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 先日、群馬で親戚の結婚式がありました。父の体調が悪かったのでヒマだった私が代理で行くことになりました。めでたいし関越自動車道に乗って1時間ほどだしね。
 時期が時期なだけに、少人数で短時間の素敵な式でした。昼過ぎには落ち葉マークを貼った父の車でチャチャっと帰路につきました。関越乗り口を目指して群馬の国道を走っていると、ホームセンターを発見!
 田舎の国道には大抵、素敵なホームセンターがあります。私にとっては夢の国!千葉県にあるアメリカネズミの国なんて言うに及ばず本気を出せば1日過ごせるパラダイスです。
 ちょっとだけ寄ろう。我慢できずハンドルをホームセンターの駐車場に向けたっとたんガコン!と縁石に乗り上げました。微妙なハンドル操作ミスですね。
「丁寧な運転をしなさい!」いつものように母と口論。「わざとじゃねーし!」なんてね。
 買い物を終え荷物を手に車に戻ると、さあ大変。前輪がパンクしています。あのガコンと乗り上げたのがマズかった…。うぐぐ。
 どーすんの?なんてしかめっ面で騒ぐ母を背にスペアタイアを付け替えようとトランクを開けました。するとタイヤは見つからず、ポンプと補修剤しかありません。ジャッキアップし、説明書通り補修剤と空気を入れても穴が大きくてスースー抜けるだけ。がっくし…。
 顔を上げると目の前に、この車を買ったディーラーと同系列の販売店を発見。ラッキー!なんとかしてもらお!
 しかめっ面の母を背に、小走りでディーラーに向かいました。カーディーラーとは車を買いに行った時と、壊れて困った時の対応の差がこんなにあるのか?!まざまざと実感することになります。
…後編に続く…


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