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CHIBART -+ チバート +-
〜千葉絵画教室の舞台裏〜
「そう、ドラマチックに」
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 私たちの目や耳は、実に良くできていていると思います。音や言葉を精査して聞き、良い部分や美しいところをドラマチックに見て記憶できます。「親の欲目」「恋は盲目」なんてワードも同じような意味だと思います。 
 美大受験に挑む若者は、石像からコピーした白い石膏像を歴史上の勇者のように!美しく!ぐぐぐ!なんて鉛筆と消しゴムだけで描いたりします。素材は大理石でもない、ただの薄汚い古い石膏の塊なのにね。そして何時間もかけて美しく感動的に描きます。
 ケネディー暗殺も、FBIやCIA?マフィアか秘密結社の陰謀によって公開処刑された?!なんてドラマチックに解釈します。実はイカれたノーフューチャーなオズワルド青年の奇行による犯行だったりします。しかし世界を変えるかもしれない希望の星がそんな理由で殺されたなんて私たちの耳に入りません。耳障りの良いドラマチックなストーリーで、腑に落としたい一心で歴史を聞こうとしてしまいます。
 実は戦国時代の武将も飲んだ勢いで殺害された事もあると思います。「やっちまおうぜ!オウ!」みたいにね。しかしそれでは腑に落ちません。陰謀や計画、裏切りなど様々な論説が加わり、耳障りの良い誰もが納得できる歴史となるように思います。
 現実は昨日のようなチョイ忙しい日常が積み重なっているだけで、映画や小説のようにオチがありません。しかし教室の子供達は大なり小なりドラマチックに作品を仕上げてくれます。
 彼らはよく間違えて塗りつぶしたり、絵の具をこぼしたり画面上でトラブルを起こします。しかしそこに思わぬ形が生まれ、線が加わり様々な絵が生まれます。素直な子供達の感性と直感で、ハッとするほどの素敵な作品へ形を変えていくのです。そう、ドラマチックに。
 歴史やニュース、スキャンダルや芸術作品など目にして耳にする私たちの目や耳は、思っている以上によくできている!素晴らしい機能があるのだ。なんて思う今日この頃です。

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「盆栽を引き抜く?」
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 教室のステンシルなどで使う紅葉の葉は、富士見台教室の庭に二本ある木から採っています。樹齢は40年以上で、紅葉の木はそこそこ大きくなっています。
 大きな二本の紅葉は、実は二つの小さな盆栽でだったのです。紅葉のね。
「小さい鉢に収められて可哀想じゃね?せっかく大きくなれる木なのによ」若かった父は鉢から抜き取り、庭の隅に植えたそうです。
「どうすんのよ?こんなに大きくなって、鳩まで巣を作っちゃったじゃない!」むくれた母(弘子センセ)は父に吠えます。
「うるせーな!俺もともと盆栽なんかキライなんだよ!窮屈に押し込んで、強制じゃねーか!だいたいお前がこの紅葉を剪定するワケじゃねーだろ?うるせーんだよ」※剪定は私の仕事。
「この人は昔っからこーやって思いつきで行動する人だから、何か何まで困っちゃうんだよ。後先考えないんだよね」と母。
「お前何の話してんだ?紅葉の話だろ?俺の話すんじゃねーよ!」
 と、まぁよくある老夫婦の会話です。ただ、そんなふうに大きく枝葉を伸ばして生きろ!なんて盆栽を引き抜いて、地面に植えるような父の元で育つことができて、自分はラッキーなのかもしれない。なんて、どんどんデカくなる庭の紅葉を見るたびに思う今日この頃です。

チバート展覧会 –佳之助画伯–
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 これは年長さんの佳之助画伯による作品です。楽器を目の前に置いて観察して描いてもらいました。様々な楽器の中から佳之助画伯はマンドリンをチョイス。丸みを帯びた素敵なフォルムと細部を丁寧に観察し、表現できています。
 そこで佳之助画伯は背景に宇宙にしました。絵の具ではなく、あえてクレパスで時間をかけて青を塗り込み、素敵な佳之助ワールドが仕上がりました。
 その時その時の感覚を頼りにのびのび制作できる佳之助画伯の、これからの成長も楽しみです。


「ちょっと待って」
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 千葉家は漫画制作を商いとし漫画によって生活できました。服なんかも頂き物の漫画懸賞のサンプルTシャツとか着て成長しました。出版社や漫画には感謝していたので、子供の頃に「漫画を読むな」とは言われませんでした。
 先日、ゲーム会社でゲームを製作する人が「ウチの子にはゲームなんかさせないよ」と言いました。理由は良い影響があるわけないだろ?…だって。ちょっとびっくり。
 そこで我が子を覗いてみると「ちょっと待って」と言ってゲームを手放せずママ(憲子センセ)に怒られています。私はゲームをほとんどやらないのでゲームの良さをあまり知りませんが、相当面白いようで、ゲームを一旦手にした息子は完全に支配されていました。その姿は操られたピエロのようで、笑ってしまいました。
 教室で、製作する子が「ちょっと待って」と言うコトがあります。それはゲームに囚われた息子の場合と全く違います。彼らは画面をさらに向上させるために思考し、次の一手を考えて「ちょっと待って」と言い思考します。
 決められたプログラム内のゲームで右往左往している「ちょっと待って」とは全く意味が違います。誰も触れた事のない色に出会い、見たことのない線を描いているのです。そんな子供の挑戦に「ちょっと待って」と言われれば、私たちはいくらでも待ちます。そして未知の作品の仕上がりを共に楽しみます。
 私たち大人もゲームに限らず、様々なモノに支配されがちです。人の決めた時間や、人の決めたお金、SNSや不必要な報道など。気づけばすぐに裾を引っ張られ、操られたピエロのように右往左往しがちです。
 私たち大人は、教室の子供が画面を自由に支配するように、何事にも自己判断、自己責任において覚悟と責任をもって生活すべきだと思います。しかしそれは実に難しいと思える今日この頃です。


「バックグラウンド」
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 私には、お勉強ができるけどちょいおバカな友達がいます。逆にお勉強はできないけど、とても賢い友達もいます。どちらも素敵な友人で私と仲良くしてくれています。
 相場より安い商品を目にすると、私たちの多くは「やったコレ買お」と、手にします。お勉強ができる友達はさらに安く買う方法を教えてくれます。
 先日お勉強はできない賢い友達が、相場より安い商品を手にした私を見て「下請けがどれだけ泣いてんだか…」悲しげに言いました。
 物の売り買いを商った事がなかったのでハッとしました。陳列された商品のバックグラウンドなんて全く意識していませんでいした。
「当たり前だろ?安い食べ物は、べらぼうに安い材料でカツカツの労働賃金が生み出してんだ。食べ物に限らずみ〜んなそーだぞ」勉強しなかったけどビジネスを実戦で学び、叩き上げで成功した彼は当たり前のように言いました。
 教室では子供に対して傷つけないよう、嫌な気持ちにさせないようになどと、心地よく描けるよう子供のバックグラウンドは気にしたりします。今日は先生に怒られたのかな?風邪っぽいのかな?小さな家族が増えて気持ちが不安定なのかな?なんてね。しかし店に並ぶ商品のバックグラウンドを気にした事はありませんでした。
 思い返せば、良い時代に作られた製品は壊れにくかったり、仕様を変えて今でも作られ生産されています。良い時代の映画や音楽、漫画や小説もリメイクされ、再発します。200年ほど前に作られたヨーロッパのクラシック音楽、江戸後期に作られた落語など今でも全く色あせていません。どうやらバックグラウンドの良い環境で生産された物には相応の魅力があり、相応の価格と価値があるようです。
 子供達が絵の具を手に、自由に豊かな心を育むのであったら、教室であるバックグラウンドは、より良い環境と空間であるべきだと思う今日この頃です。



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